常に私の生活のどこかにピアノが存在していた気がします。

4月 12th, 2014 by admin Leave a reply »

思い返せば、私の子供時代から今に至るまで
常に私の生活のどこかにピアノが存在していた気がします。

私がピアノを習い始めたのは
小学校の低学年の頃、その当時は一家に一台ピアノという時代で、
誰でも習っているごくありふれた習い事でした。
近所のお姉さんが弾いているのをうらやましく思い、
私も習いたいと言ったのが始まりでした。

そのような形で何となく始めたピアノでしたが、
一応親はきちんとしたアップライトピアノを用意してくれました。

このピアノと私がその後人生の伴侶といっても良い位
長い付き合いになるとは思ってもいませんでした。

ピアノのレッスン自体は中学校まで続け、
それなりの曲を弾きこなせるようになりました。
しかしそれほどピアノに熱中していた訳ではなく、
高校受験を辞める口実としてレッスンを終了しました。

その後は自分の弾きたい曲を選んで
好きなように自己流で弾くようになり、
高校時代は憧れていたショパンに熱中していました。
ノクターンのようなロマンチックな曲が
当時の私にはとても魅力的でした。

その後は私の生活の一部としてピアノがあり、
一人で黙々と練習していた日々を思い出します。
ピアノに向き合う時は、感情を整理したい時であったり、
湧き上がる想いを表現したかったり、
何かしらの感情表現という部分がありました。

それでも誰かに聴いてもらう訳でもなく、
ただピアノと向き合いたい、そんな純粋な気持ちでした。

その後、就職し実家を離れてからは
しばらく全くピアノに触れない日々が続きました。
日々の忙しさと、その当時は仕事や恋愛など
ピアノをじっくりと弾く時間が無かったのでしょう。

実家のピアノは私のほかに弾く人もおらず、
場所を取るだけの置物と化していて、中古ピアノとして
ピアノ買い取りに出して処分しようかという話も出ていました。
5万円で下取りしてくれるけれど、どうするという相談を
母親から受けたのを記憶しています。

その時は青春を共にしたピアノと別れるのは寂しく感じ、
邪魔だろうけれど思い出のあるピアノなので
置いておいて欲しいと言いました。

その後、私は結婚し子供もできました。
子供達が習い事を始める年齢になり、
ふと実家の古いピアノが使えるのではと思いました。
しばらく調律もしていなかったのですが、
何とか使える状態には戻るとの事で、私のピアノは蘇りました。

ピアノにはそれぞれが持った個性ある音色があり、
当時と同じ懐かしい音を聴くたびに
人生を一緒に歩めるピアノがあって良かったと思います。

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